先日、会社から外に出たときにふと山を見て、そんな言葉が口から出ました。
毎年この山のスキー場下にある道はロードバイクで何度も走ります。
そこは、飯縄山。
「長野市民の山」と言われている山です。
仕事をしているときでも、この山を見ない日はないんです。
目の前にありますからね。
しかし・・・
今年に限っては、ゆっくり観たことがなかった。
どういうことかというとたぶん忙しくて景色をゆっくり見る余裕がなかった、ということだと思います。
ん~、よくない。
四季もあまり感じられないまま秋になってしまったし。
夏になってもなんとなく「また寒くなるんじゃないの?」と頭の中では浮かんでいましたからね。
冬から夏までがとんでもなくバタバタしていました。
こんな経験は会社に入ってからあったかなあ・・・あ、あったな。
30代前半のキレッキレでとんがっていたころ。
今ではトゲもツノも落ちましたが、そんなときもあったんです。
あの頃のストレスでどこかに髪の毛を置いてきてしまったのかなあ。

自然豊かな信州です。
景色を観ていないはずはないのですが、記憶にないというのは異常ですね。
先日同い年の同僚に、
「歳を重ねていろいろ経験してきたからもう覚えることはないかと思っていたけど、いつまでも新しいこと、覚えること、だらけだよな」
と笑いました。
新しいことばかりです。
会社は覚えることを止めさせてくれませんね。
ボケてはいられません。
定年再雇用組の社員は「もう今まで会社に貢献してきたんだから楽をさせてくれよ」というひともいます。
これは本人の主観でしょうが、若手社員がどう見ているか、まわりがどう見ているか、評価しているかが重要だと思っています。
だから、自分はこういう言葉を言わないようにしています。
確かに様々な貢献をしてきた自負はある。
でも、それは残念ながら過去の話。
誰も覚えてはいないんです。
そんなことに浸っているくらいなら新しいことを覚えて、みんなの役に立てることを考えたほうがいい。
あるいは、全く新しい環境を求めて、自分という人間のことを知らない場所で働いたほうが絶対にいいですね。
つくづく思うんですが、自分のやってきたことを評価するのは自分ではないということを肝に銘じることです。
例えば、自分の経験でいえば今まで売ったことのないもの、扱ったことのないもので市場を立ち上げて業績貢献してきたり、県内で実績がないものをどんどん売って実績をつくってきたりしました。
今もその継続中です。
でも・・・。
それは”そういう事実”があるだけで、それを評価するのは自分ではないんです。
それを、”自分はこれだけのことをしてきた!”と言ってみても「へえ、すごいね」と言われて終わり。
それよりも、それがあたりまえに誰もが売れる仕組みを作ったほうがよほどいい。
自分がその道を作ることができるかどうか。
すごい人は歴代いましたが、その人がすごかっただけで道ができていない。
それでは何にもならないんです。
むしろ残された人たちにとって重荷になる。
中途半端な道だから。
そうならないようにキッチリとした道を作ることが重要なことだと思います。
といっても、その道ができたかどうかの評価も自分がしてはいけないことです。
企業人であれ公人であれ、自分がどんなことをやり遂げるのか、妥協無く取り組むことは大切ですよね。
そこで諦めや愚痴を吐いた時点でそれまで積み上げてきたことが崩れるのを何度も見てきました。
余計なことは言わないほうがいいですね。
さてと、妥協無く・・・がんばってまいりましょう。
さあ、今日もいい1日にしよう!