朝夕は日に日に寒くなっていますが、日中は陽射しがまだまだ強い日が多いですね。
紫外線には要注意です。
けっこう日焼けしますからね。
さて、最近いろいろ考える日々ですが、やはり思うのは
「人はそれぞれ自分の正義で自分が主役の人生を生きている」
ということ。
あたりまえのことですけどね。
これには「いいとか悪いとか」はありません。
自分の正しいと思うことをしているわけですからね。
自分がいま学んでいるのは、相手に干渉しすぎないことの大切さ。
ものを考えるときは、人に迷惑をかけないかを考えること。
そして自分がやればカンタンにできそうなことでも相手に聞いてみること。
なぜこんなことを考えたかというと、
ある人の話から自分に当てはめて考えたんです。
その人は今まで、人のためになるならその役を買って出るタイプでした。
頼まれれば、それをやる。
少々難しくても、そのことを何とかやり遂げようとしてきたそうです。
もちろんうまくいかないこともたくさんあります。
でも、その方が言ったんです。
「思えば仕事でもプライベートでもそうやってきて、自分は良かれと思ったけど気づいたら便利屋みたいになっていた。
あるときに、頼まれたことを断ったら、とても嫌なことを言われた」と。
「いつも任せればやってくれるのに、これはなぜできない?そういう人だと思ったのに。」
この言葉をどう思いますか?
その人は気付いたそうです。
断らずにやることは自分の経験値が上がるからとてもいいことだけれど、人から見たら
「あの人は何でもできるし、断らないから任せればいいよ」
と映っている、と。
とても下にみられていることがわかる出来事が会社であったとも言っていました。
任せればいいよ=やらせればいいよ
と置き換えるとわかりやすい。
「○○なんだから、出来てあたりまえだよな?」
後になって思えば、評価されていたのではなく下にみられていたのだと。
公私ともにそういう出来事があったということで調べたという内容を教えてくれました。
「健全な境界線を引く」ことの大切さ。
心理学の言葉だそうです。
”自分と他者とのあいだにある「心地よい距離感や役割の区切り」のこと”だそうで、「出来るから」と全て引き受けるのではなく気が進まないことや自分がやりたくないと感じたことは、きちんとそれを伝えて自分が気持ちよくいられるようにする、ことが大切だと。
なるほど、そういわれてみると自分にも当てはまることがありました。
頼られることと便利屋扱いされることの間には正反対の流れがあります。
尊敬されているのか召使いのようにみられているのかです。
正反対です。
この話を聴いたときにその人に尋ねました。
「では、その境界線はどのように引けばいいのでしょうか」
すると言われたのは、断り方と距離の置き方だと教えてくれました。
断り方も遺恨を残すような言い方をすると、今の立場だと敵を増やすだけになる。
だから、言い方も気を付けて自分を主張する。
距離の置き方は、こちらから何か仕掛けることはしないのだと。
まあ、それならできますね。
器用貧乏
という言葉があります。
器用な人ほど何でも引き受けて、重宝がられるけど簡単にやったりするからお金にはならない。
ここでいうお金は、感謝とか尊敬、に置き換えてもいいかもしれません。
引き受けても、たくさん引き受けるから品質が高くても時間がかかったりしてダメなんです。
それよりも修正箇所はいくつかあっても早く出したほうがいい。
自分も思い当たることがいくつもありますね。
とても勉強になりました。
さあ、今日もいい1日にしよう!