今日は、最近気になったこと。
お金が絡むといろいろな「人の本音」が見えてくるということってありますよね。
例えば、何かをプレゼントする時に、出資してくれる人には内容を事前に公表して合意をとっておく必要がありますよね。
これを怠ると、良かれと思ったことが全てうまく行かなくなることは結構あります。
お金のやり取りは金額の大小関係なく「きれいに」やったほうがいいです。
こんな話をするのは何があったのか、気になりますよね。
実はイベント企画でお金を集められたんですが、この会計が不明朗で反感を買った担当者がかなり苦労したんです。
でも、前もって企画をすべて公開しておけばよかっただけなんです。
メール一通で済む話。
こういうところで、ずさんなことをすると、信用はガタ落ちになります。
今日のタイトルの「金の切れ目は、縁の切れ目」の話は、もう一つ。
これはお寺の話です。
お寺が建物の改修工事をすることになり、見積もりを取りました。
見積額はなんと4億。
檀家の数でその額を割り振り、請求書のような形で配布されたのだそうです。
檀家にしてみれば寝耳に水。
改修工事の話も聞いていないし、出資する話も聞いていない。
これは怒るのも無理は無い話ですよね。
お寺の都合で勝手に見積もりを取って勝手に請求書を送ってくる。
さらに、墓じまいをしようとしてお寺に申し出をするとそれは許さないと言われる始末だそうです。
代々お世話になっているお寺とはいえ、体調が悪くてその土地にいられない。
そうなったらその家を引き払うしかないとなりますよね。
このときのお寺の対応は「子供にその墓を引き継げばいい」といわれたとか。
それも無茶な話で、もう子供たちはその土地にいません。
今の時代はお墓の管理をすること自体がなかなか難しくなってきているといえます。
この墓じまいの話は結局お金で解決しようじゃないかということになったそうですが、ん~・・・それもおかしな話です。
要はお金なんですね。
別の話です。
仲間でどこかに行った時に、その交通費を割り勘にするのはよくある話です。
ところが「持ち合わせがない」と言って、お金を払わない人もいるそうです。
これが1番わかりやすい「金の切れ目は、縁の切れ目」になるでしょう。
お金というのはその人を一番表すものだと思っています。
汚く稼いで、きれいに使う
泥臭く、商売の仕方はどうであれ、しっかりと利益はいただく。
そしてその対価として得たお金は、きれいに使う、のが人として筋だと自分は考えるんです。
だから、お金に係わることの時には慎重になるのがあたりまえ。
雑に扱えば必ず信用を無くすことになります。
お金。
気を付けたいですね。
さあ、今日もいい1日にしよう!