福沢諭吉の著書『学問のすゝめ』初編の冒頭部分は、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」
これは有名な一説ですが、最近本当にこのことを考える出来事が増えました。
「なぜこの人はこんなに偉そうに言うのだろう・・・」
自分からするととても不思議なことなんです。
会社なら役職という役割があり、これは自分で主張したいことをより通しやすくしたいとかもっと上位職から直接いろいろ学びたい、聞きたい、経営に携わりたい、・・・いろいろあります。
止まらないくらいです。
でもそれは役割にすぎません。
昔、「偉くなりたい」という人がいましたが、”偉くなる”とは?
いまだによくわかりません。
権力でいえば、総理大臣は偉いのでしょうか。
防衛大臣は偉い?
エジソンは偉いと思います。
それは、功績としてすごい人だなあと尊敬するから。
でも、偉い人=威張る人ではないと思うんです。
権限を与えられたから、その他の人よりも偉いのではなく、権限を使ってどうやって今までやりたかったことを実現し、よりよくしていくかを考える。
役割を与えられた人はそう考えて、より良い会社にするために働く人、だと思っています。
だから、偉そうにしている人を見ると
「この人はどうしちゃったのかなあ???何か功績を残してる?」
と思います。
年齢が上だと偉そうにする人もいますよね。
自分から言わせたら、先に生まれてきただけです。
自分の認識からするとただそれだけ。
だから、何か功績をあげた人は尊敬しますが、それでも偉そうにされたらその時点で”残念な人”に変わります。
たまたまかもしれないし、努力したかもしれないけど、それをひけらかしたらそれまでです。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず
この言葉は本当に深いと思います。
ノーベル賞を受賞された方がコメントされているのを見て「偉い人だなあ」と思いました。
ひとつのことに打ち込んで、世の中のためになる研究をいろんな人を巻き込んで成果を出されている。
記者会見では一緒に研究してくれた人の名前を言って感謝を述べている。
どこにも偉ぶっているところがない。
そういう方の言葉には重みがあるし、自分が偉い人だなんて見せないですよね。
変わっている人は多いです。
いつもいつまでも検挙であり続けたいものですね。
さあ、今日もいい1日にしよう!