「最近メンタルを壊す人が多いんですよね・・・」
これは他人ごとではありません。
ラジオを聴いていたらパーソナリティの人が、
「自分も4ヶ月メンタルを壊して休んでました」
と言っていました。
それ以外にも多くの人が壊れています。
過去には自分も身に覚えがあります。
そのときには、
「えっ、自分が?そんなはずはない・・・」
と思いました。
でもその時は、今思い出してもまともではありませんでしたね。
自分がそんな風になるとは、考えもしませんでした。
過去にそうなった人を見ていて、
「あの人がそんな風になるなんて・・・なぜ?」
と全く理解できませんでした。
自分自身の時も、全く理解ができなかった。
しかし、あとで考えてみたら理由がよく理解できました。
いろいろな動画や医師の話を聴いてみたらさらに納得。
自分の気持ちがやさしすぎた。
細かくは書けませんが、基本的に自分の中の矛盾に対して考えすぎて壊れていくケースでした。
いろいろな人にやさしすぎると言われました。
罵倒され、それに耐え、その人の評価をつける。
ワンマンな経営者なら話はカンタンなのですが、役割としての職責は正しいジャッジが必要です。
それも業績と行動は別評価ですから、業績ができているとそれなりの評価が付きます。
行動の評価が下がってもそれなりの報酬は得られるわけです。
この理不尽さに壊れたんです。
その評価をしなくてはいけなかった。
自分の場合はその職責を下りました。
鬼のような正確ならばっさり切り捨てられるかもしれないですが、業績はできている。
こういう場合は難しいですね。
年上だとなおさら難しい。
時代はどんどんそういうステージになっています。
自分もそういう年代になってきて思うのは
実るほど頭が下がる稲穂かな
そうでありたい。
ものを言う時、相手を威圧していないか。
立場をわきまえてものを言うことの大切さを身に染みてよくわかっているつもりです。
時々過去の職責のことを気にしている若手を見ると、「今はただの人」と言って笑うようにしています。
そう、ひとには上も下もない。
これを間違えている人が多すぎるんです。
あるのは年上か年下かだけです。
そこには何の意味もない。
年下でも自分の知らないことを知っていたら、頭を下げて教えてもらうのはあたりまえのこと。
「俺に教えろ」と言われたことがありましたが断りました。
その後の仕打ちがひどかったですけどね。
役割としての職責は、勘違いさせるとよく言われます。
海外で、自分が30代の時にあった方は日本で有名な企業の専務でした。
「君はどこの会社に勤めているんだ?」
明確に言いたくなかったので、濁したら「無礼だな」と言われました。
まったく意味がわからない。
「ここは海外ですから、私はただの日本人です」
といったら、なぜか怒っていました。
会社の専務かもしれませんが、しょせんただの人です。
人に上も下もない。
これをわきまえている方は年上でも年下でも話しているとすぐにわかります。
とても丁寧で、相手の言うことをよく聞こうとしている。
そして、自分の意見もわかりやすく丁寧に伝えようとしてくる。
偉そうにするとか、場の雰囲気を悪くする人はいないです。
あるお店に行ったらそういう方々がたくさんいました。
少し余裕のある方々。
そういう方々は、細かいことにも気づかいができ、話していても余裕を感じるんです。
年齢などは全く意識していない。
もっと近づけば、また違った面は見えてくるかもしれません。
でも、対等に見ているというのはやはり気持ちのいいものですね。
「会社」という組織の中でそろそろ疲れたなあ、と感じます。
ひとりで1次産業に行かれた方もいますが、それも大変です。
何か真剣に考えないといけませんね
さあ、今日もいい1日にしよう!