今日も絶好調!

「我慢する」ということってどう思いますか?

先日、会社で女性社員から

「我慢しなくていいんじゃないですか?もっと本音を聞きたいです。」

と言われました。
というのも、今月事務所を移転してその引越しやら後片付けやらをずっとやっています。
もちろん通常の仕事は止められませんから、土日も出たりして。

そんなところへ緊急事態宣言が開けた東京から来訪があったりして・・・。
もちろんその対応もしなくてはいけませんでした。
さらに、ちょっと目立ったことをやった事務所なので注目度も高くて、県内からも人が来て、天手古舞な状況に。

でも、メンバーには業績を追ってもらう必要があり、自分が切り盛りしていました。
忙しいというより時間がない。
そんなドタバタを見ていてそう思ったんでしょうね。

組織なので言える相手とそうでない相手がいます。
また、「見たいので行っていいですか?」というワクワクしている電話の向こう側の人に「ダメです」とは言えません。
もう一人、同じように動いてくれるといいんですけどね。
「手伝いますよ」と言ってくれるメンバーを育ててこなかったのも自分。
まあ、仕方ないですね。

その結果としてピリついているように見えるようです。
良くないですよね。

さて、本題は「我慢するということ」ですが、どうしても上からガツンと言われたら言えないこともたくさんあります。
昔からそういう環境で育ってきてしまったせいか、我慢する・しているという感覚は鈍いかもしれません。
その代わり限界まで来たら言うことを聞きませんけど。
そんな性格なので、少々のことは吸収してしまいます。
それが我慢と映るとしたら・・・まだまだですねえ。

この我慢するということって人によって全く違いますよね。
我慢したくない人もいます。
少しのことでも我慢できない人もいます。
自分が思うのは、その人の基準でいいんじゃないかなと。
それをはかったマネジメントをすればいいだけのこと。
「我慢」できるレベルがみな違いますからね。
それにこれは我慢できるけどこっちはすぐに限界になる、という人もいますから。

自分のなかでみな基準があるはずです。
ここを超えたら我慢できない、黙ってられない、というものです。
それを少しずつ変化させるといいですよね。

我慢の中で絶対やってはいけないことは、
自分が悪いんじゃないか、という矢印の向き。
我慢の刃先は鋭いので、自分に向けるとすぐに刺さります。
すると心がメッタ刺しになるので、ただではすみません。

こういうことをわかって感情をコントロールしていくことが必要ですね。
そんな時は自分の気持ちを客観的に見て、

「ああ、怒ってんなあ、でも我慢してんなあ」

とだけ思えばいいんです。
それだけ。

自分だけで解決できる内容なら、自分で解決すればいい。
できないなら、「誰か解決してくれる人いないかなあ」といってみればいい。
言葉には力がありますからね。

さあ、今日もきっといい1日になる!

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