半世紀ほど、いえ半世紀と少しこのカラダと生きてきて思うこと。
よくまあ付き合てくれるなあ・・・
と思うんです。
子供のころからスポーツは好きで少年野球からサッカーからとにかく走り回っていました。
走ることは好きだったのですが、短距離はとても遅い。
かけっこは嫌いでした。
長距離は気にならなかったです。
子供のころにクラスでヒーローになれるのはかけっこの速い子ですよね(笑)
中高と体を動かしていましたが、それよりも社会に出てからのほうが人生は長い。
自転車を始めて28年。
マラソンは真剣に取り組んでいない時期も合わせれば20年くらいでしょうか。
自分のカラダを通して思うのは、
本当に頂点を極められるのはほんの一部の人たち。
自分のゴールは自分で決めたらいい。
ということです。
競い合うのはいいことですが、優劣だけにこだわるのは疲れましたね。
速い人たちのスプリント勝負は見ていてハラハラしますが、遅い人たちにも同じようなハラハラはあるんです。
これはこれで追っていかないと体が強くならない。
まあまあでいいか・・・
は、楽ですが、「まあまあの人」になってしまいます。
これは仕事でも同じですよね。
速い遅いではなくて
自分のベストをどこまで追ったか。
これが大切だと思います。
年齢でもキャリアでもなく、今の自分とどれだけ真摯に向き合ったか。
体調がいいときも悪いときもある。
それはフィジカルだけではなくメンタル面でもある。
それをいい加減にやってしまうと自分のベストな状態がわからなくなると思うんです。
「いい加減」だから。
自分のベストをその時々に合わせていけるかどうか。
これが大切だし、おもしろいと思います。
タイムを目標に置くのはもちろんいいのですが、誰かを目標としておくのはいいと思います。
このとき、
あの人に勝った!
だけでは成長がない。
勝ち負けをどう考えるかです。
相手がベストな状態でなかったなら、そのとき勝ててもまた負ける。
そうではなくて、マイルストーンとして”その人”を置いてその先に自分がめざすものを置いておく。
そうしなければ”その人”をいつまでも”超えられない”ことになってしまいますよね。
淡々として自分に向き合う人は見ていてとても清々しいです。
そして変に偉ぶらない。
ガツガツしない。
それは自分に向き合っているからでしょうね。
常に自分のカラダの声を聴き、ベストな状態を保てるように意識していくこと。
これは加齢とともに体がそれまでとは違う変化をしていくので、このカラダを長持ちさせられるようにストレッチをしたり、ムリな負荷を急にかけないようにしたり、でも自分が成長していけるように作り上げていく。
最後に向き合うのは、「だれか」ではなく「自分自身」ですから。
さあ、今日もいい1日にしよう!