今年は、1日の過ぎていくスピードが尋常でないくらい速い。
そう思いませんか?
えっ、思わない?・・・ということは自分が老化してますね。
先日マウンテンバイクのライドで山へ入った時に、一緒に走った先輩が同じことを言っていました。
今年はいろいろなイベントがないから区切りがない。
花見、海、花火、・・・。
コロナのせいで季節感まで奪われたと思うと恐ろしいです。
でも、以前書いたとおり、悪いことばかりではありません。
生活するには不自由ですが、そのおかげで今までものすごく自由だったことがわかりました。以前はリスクもなく、どこへでもいけました。
電車や飛行機で満席の車両に乗って移動できました。今は”密”と言われますが普通でした。
普通・・・ですよね。
「あたりまえ」と「有り難さ」
これは反対の言葉ですが、
あたりまえのときには全く気づかなかったことに、現状の不自由さに直面し、まさに”有り難い”ことだと気づく。
あたりまえでないこと、ありがたいこと。有り難しです。
私は”普通”とか”あたりまえ”という言葉は少し首をひねります。
それは「誰が基準の言葉」でしょうか。
人は、いま自分のできることや置かれている環境、自分ができることを基準としてものを話します。
誰かのあたりまえは、私のあたりまえではない、かもしれない。あたりまえにやってもらえるならそれは「有り、難い」ことです。
”感謝”しかありません。
何に対しても感謝の気持ちを持って接していれば、たぶんおかしなことにはならないでしょう。
仮に、”自分が理解できない話が聞こえてきた”とします。
では、なぜその話を聞いたのでしょう?聞こえてきたんです。
たまたま耳にしただけでしょうか?
ならば聞き流してもいいでしょう。
でもその話を元にして、今までと違う行動ができるとしたらどうでしょう?
たまたま聞こえた話は、ヒントかもしれないですよね?
そう考えると、今まで理解できないとスルーしていたことも実は、何か意図を持って自分が見聞きしたのかもしれない。
そんな風に考えてみると、実は発見もあります。
だから、「有り難いこと」と感謝してみる。
自分に全く関係のないことなんて起きない、そう思うんです。
毎日、いろいろなことがあって辛い時がありました。
イエローハットの話を目にして、それから毎日感謝を言葉にしながら、トイレを磨きました。これは日課になっています。そうしたら、気持ちが朝からスーッと落ち着く感じがするようになりました。
また「自分は絶対運がいい」と信じ、言葉にしています。
自分は単純なので、自分はきっと大丈夫だと根拠のない自信が湧いてきます。
”感謝の力”は絶大です!
試しに毎日やってみたら、なにかが変わるかもしれません。
ありがとう!という言葉は誰も損をしませんからどんどんいいます!
※何度も言いますが、私は宗教家でもお坊さんでも有りません。
見た目はお坊さんに近いくらい髪が無いですが。
さあ、明日もきっといい1日になる!