今日も絶好調!

ミスを責める?

毎日いろいろなことが起きますが、よくあるのは間違いを鬼の首でも取ったかのように指摘して周りに言いふらす人。
これは、小学生がパッと見たときに感じたことを言うのと同じように見えます。
誰にでも間違いはあります。
さらに、何かの資料を作ってそこに誤字を見つけたり、文章がおかしかったり、書いてある内容にケチをつけるような人もいます。
これも同じですね。
できているものに対してものを言うのはカンタンです。
誰にでもできます。
イチからつくった人のことは、なにも考えないんですよね。
その人のことをどうのということではないんです。
なんとも腹立たしいことではありますが、つくった人をディスる姿を見たときに思わず

「では、自分で作ればいいのではないですか?」

と言ってしまいました。
アドバイスはいいんですが、ディスるのは許せませんでした。
どんなに出来がいまいちであっても一生懸命作った資料には思い、熱がこもっています。
さらに、そう言われたら思考は止まりますね。

反面、この人はやはり素晴らしいと思った方は、

「お~、いいねえ、ここはどう考える?」
「ここをこう変えればもっと良くなると思うけどどう?」

と、ケチをつけるのではなく、修正箇所をアドバイスに変える。
こういわれたらもっとこうしようかああしようかといろいろ考えていける。
思考は止まらないわけです。

自分が学生だった40年近く前にアルバイトで陶磁器を作る企業にいたことがあります。
そこは実験で使う製品を作っていたのですが、成型の段階で「ろくろ」を回していました。
時々その時のことを思い出します。
この工程の中で、止まっているろくろに焼く前の品物を乗せます。
ここでろくろを回すのですが、当然中心に乗っていないので楕円を描きます。
これを横から叩いてど真ん中に収めます。
そして最後の仕上げで面の凹凸を取っていきます。
自分が学びにつながったと感じるのは、この「ろくろの中心に置くために叩くこと」です。
うまくたたけば1回で中心に行きます。
そうでなくても3~4回で収まります。
でも、慣れないうちはなかなか真ん中に行かないんです。
あまり何度もたたくと品物が変形しますから、スパッと少ない回数にしたいんです。
この整えるという作業は、何度失敗してもいいけど少ない方がいい。
職人の人は2~3回できれいに回るようにできますが、自分がやらせてもらったときは5~6回でも楕円をかいていました。
難しかった記憶です。

この作業はシンプルですが見ているよりも難しい。
人には良い面と悪い面があります。
その判断は人がする部分(評判)と自分が判断する部分(評価)がありますよね。
この凸凹を自分で修正するのか、人から叩かれて修正するのか、です。
自分で意識すれば学びもあるので直りやすい。
人から言われたり、離れて行ってしまうのを経験すると時間もかかるし、わかりにくいから直しにくい。
凸凹がさらにひどくなるかもしれないですね。
できればろくろに乗った半製品はスパッと真ん中に乗せたい。
自分の性格で直そうと思ったことは意識して直したい。
半製品は真ん中に座れば、きれいに成型して次のステップへ行けるんです。
凸凹していたら次のステップにはいけない。
そういうことなんです。

ミスがあったら自分で学んで直す。
自分の性格も直す。
個性は伸ばせばいいのですが、人のことをいろいろ言ったりするのは決していい方向には向かないですね。

さあ、今日もいい1日にしよう!

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