今日も絶好調!

ゴミを拾うこと

朝散歩をしていると不思議とゴミが落ちているんです。
いつもではないのですが、それでも散歩しているルートには必ずありますね。
風で飛ばされてしまったのかも知れないし、自転車のカゴから落ちてしまったのかもしれません。

公園に行くと酒盛りでもしていたのかと思うようなビールの缶やチューハイの缶、そして中身が少し残っているつまみ。
たぶん酔っ払ってそのまま置いていってしまったんですね。
こういうものを見たときに自分はラッキーだと思います。
”ラッキー”というと偽善者っぽくて嫌ですが、ある人に言われた一言で考え方が変わったんです。

物が落ちてたら、それは「落とし物」

落としていってしまったんです。
その誰かが落とした運を拾ったと思うと見方が変わります。
先日はたぶん犬の糞の上に落ちていたのを拾ったのだと思うのですが、何やら臭いがしました。
それを嫌って、誰も拾わなければ、そのゴミはずっとそこにあることになります。
でも拾えば、そこはきれいになりますよね。
手は洗えばいいんです。
石けんで何度か洗えばきれいになりますから。
それに運(うん)がついたと思えばラッキーです。

”誰が捨てたんだよ!”

と目くじらを立てるより、自分が拾えば自分の気持ちは穏やかになりますよね。
誰かに褒められたいわけでも、誰かが見ているからでもなく、自分がその景色を見て綺麗だと思えるのか、それとも汚いなぁと思うのか。
ただそれだけです。

以前ニューヨークの地下鉄がとても危なかった時代がありました。
その頃の地下鉄の駅の壁は落書きだらけ。
そしてゴミは散乱し放題。
これを州知事がきれいにしたんです。
徹底的にお金をかけて。
ニューヨークの駅は見違えるほど綺麗になりました。
それだけでなく治安が良くなり、ゴミや落書きがなくなったんですよね。
その頃の日本のトイレも落書きがひどかったことを思い出しました。
自分が会社に入った頃、高速道路を毎日使って仕事をしていたんです。
その当時、高速道路のトイレに行くとびっしりと落書きがありました。
ニューヨークのようにスプレーで落書きをするのではなく、ボールペンや鉛筆を使って書かれたものでした。
時代を表していたのは、携帯電話が普及するようになってから、電話番号が書かれるようになっていました。
それからニューヨークの件が話題になり、日本の高速道路のトイレも見違えるほどきれいになりました。
そうするとニューヨークと同じように落書きがなくなったんです。
そこに貼り紙がありました。

「いつもきれいにご利用いただきありがとうございます」

不思議なものでその一言で落書きが増える事はありませんでした。
たまに見かけた落書きもすぐに消されてきれいになった。
そうすると常に綺麗な状態に保たれていました。
”いつもきれいに”がずっと続いていました。
これは人間の心理なのでしょうね。
きれいなものはきれいに維持しようとする。
とてもいいことです。

同じように公園のごみも常に拾っていたら、ずっときれいな状態を保てる。
自分は落とし物を拾っているだけです。
いいことがあるような気がしますよね。

さあ、今日もいい1日にしよう!

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