この季節になると、咲き誇る薔薇を始めとする様々な花たち。

本当にきれいですよね。
それもちょっと目を離した隙に満開になっていたりします。
さらに雨が降って、その後天気が良くなると、一気に満開になったりして。
そういう景色を毎年見られることが幸せだなぁと思います。
毎年同じ景色を見て毎年綺麗だなぁと感動すること。
このことってとても幸せなことだなぁと思うんです。
反面では不思議なことを考えました。
以前異動の内示をしたことがある同僚と話をしていたときに
「あの時は異動になって、少し恨んでいたところがありました。でも、異動した先で仕事をしているうちにわかったんです。」
何のことかと思って聞いてみましたが、それは異動の内示をした際に
「あのエリアはこういうことには気をつけたほうがいい」とか、
「こういうことがあっても気にするな」
というようなことを自分は言ったようです。
自分は長野県全てを営業としてそれぞれ何年間か担当していたことがあるので、その土地、その土地で特色があるという話をしたんです。
そのことが役に立ったという話でした。
先入観を持たれてしまってはいけないので、一般的な事しか言わなかったはずなのですが。
自分もその話を聞いてどこか嬉しかったように思います。
”異動”というと、左遷という言葉もありますが自分はその言葉にとても違和感を感じます。
異動先では本当にいろいろな職種を経験し、長野県の魅力と共にいろんなことを勉強させていただきました。
自分の見聞を広げることができて、本当に良かったと思っています。
細かいことを言えば、それはいろんなことがあります。
でもそれは経験であって、与えられたもの与えられた場所、そして与えられたことだったと思います。
何度も書いていますが、そのことが嫌だと思って逃げたら、もっと大きなこととなって返ってくる。
これは真理なんじゃないかなぁと思っています。
逃げても、その人の成長に必要なことであれば、形を変えてもっとめんどくさい形でやってくる。
でも、精神的に苦しくなるようなら逃げたほうがいいんです。
それが仮に試練だったとしても、逃げなくてはいけない。
また自分のコンディションが整ったタイミングでまたやってくるのだから。
異動や職種が変わるということに徹底して抵抗する人もいます。
自分を広くするために必要なことなのに、と残念に思います。
先の異動先で勉強になったと言っていた同僚は、やはりそういう経験をしたことでものの見方がとても柔軟になっていました。
同じ場所で毎年咲いてくれる景色を眺めながら、それでも気づけば自分の見聞を広げるために新しいものを探しています。
同じ場所でありながら、同じ花が咲いているとは限らない。
そういうことなのだと思います。
花も人も咲く場所を選ぶのではなく、その場所でどう咲くかを考えたほうがいい。
場所を変えることができたなら、どんな土なのか、どんな風が吹くのか、そんなことを考えながら今まで以上に綺麗に咲けるようにしたらいい。
そして、元の場所でこんなにきれいに咲けるようになったことを見せつけたらいい。

さあ、今日もいい1日にしよう!