今日も絶好調!

人とのつながりを感じる

昔付き合いのあった人のことを考えることってありますか?

今はSNSもありますし、インターネットで調べれば出てきたりもする時代になっていますが、そういうことではなくて記憶の中で思い出したり、回想したりするということです。

実は何年も夢らしい夢は見ていなかったのですが、最近30年くらい前に付き合いのあった人が夢に出てきました。
驚いたことに、夢なんで起きたら忘れるかと思いきや覚えているんです。
なんとなく過去にも同じようなことがあったので嫌な予感もしたのですがそれは幸い外れました。
※夢枕に立つという言葉がありますが、過去にそういう経験がありました。

内容はともかく、そんな昔の人と夢の中で合うとは思わなかったのでとても懐かしく思い出しました。
夢の中で「ああ、これは夢だなあ」という冷静な判断をしていたので、それも面白かったですね。

年月を重ねる中で、いろんな人とのつながりが生まれて、もちろんいいことばかりが起きるわけではないのですが、その中で学ぶことが本当に多いと思います。
なんとなく付き合っていれば、なんとなくの学びでしょうけれど、本気でぶつかっていれば学ぶことも多いですよね。
本音を言わずに我慢したり、相手に合わせることもあると思います。
そういう中で感じることをため込むのではなくて、なんといいますか、かみしめるような時間も必要かなと思いました。

良いことばかりではない、いろんな思いをするんですが、それにいちいち反応するのではなくて、

まあそういうこともあるよなあ、

と思ってかみしめる。
今度はこうしようとか、こう言おうとか、そんなことを考えるための時間だと思えば必要な経験だったと思えるんです。

毎日起きることには本当に驚くことばかりですし、時々俯瞰してみてみると思わず笑ってしまいますよね。

 どうして自分ばっかり! とか 
 なんでこんなことが続くんだ!

と考えるのは、イライラを増幅しますし良くないと思います。
そのことを頭の中に定着させてしまうので、同じようなことがまた起きてしまう、呼び込んでしまうと思うんですね。

自分を機嫌よくさせる、

とを意識すれば客観的に自分を見ることができると思います。

気持ちの上で少しの余裕を持つということでしょうか。なかなかできないですけどね。
ただ、そんなことを意識をしていると少しづつ変わっていくと思います。
その時に気を付けたいのは、悪態をつかない、悪口を言わない、もっといえばマイナスなことを口にしない、ということだと思います。
人とのどんなつながりもマイナスなことではないととらえられる時が来ると思います。
わかったようなことを書いていますが、恥ずかしながらそれができないので書きながら頭の中を整理しています。

お釈迦様とか仏様とか本当にすごいなあと思います。あ、信心深くないのですが。
塩沼亮潤という方をご存じでしょうか。
大阿闍梨の方ですが、その方の本を読んだら目から鱗というよりも、人はこういう考え方をできるようになれるものなのかとただただ感動しました。
その修行のすさまじさにも驚きました。

さあ、今日もいい1日にする!

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